カテゴリー : 雑記
友人の部屋をドッキリ気味に掃除したエピソードを書いたのはもう1年以上も前の話になるだろうか。実はあの時、意図的に伏せていた事柄がひとつある。
その友人の部屋などお話にならないくらい、俺の自室は汚い。
俺一人を収容するだけで一杯一杯という、およそ人間が生活するのに相応しくない部屋に、しかし平気で居住していた。ものすごく念のために言うと、別に汚いのが好きというわけではない……けれど、基本的に自室はネットして寝るだけのスペースなので、机周辺とベッドの上を聖域としてある程度の整頓を保っておけば、後は野となれでも別に気にならなかったのである。
さて、話は変わるが、もう10年以上続けている趣味として筆頭に挙げられるものに「読書」がある。オールジャンルを謳いながらも多分に漫画とライトノベルに偏ったその蔵書は、しかし量と増加ペースに関しては容赦をしなかった。小さな本棚が積載量オーバーの悲鳴を上げたのは思い出せないほどの遥か過日。それでも増え続ける本はまさしく自室に海と山を造成し、ある程度以上の量が貯まると順次ダンボール箱詰めの刑に処してなお──限界が来た。
そんなわけで、現在かつてない規模での大掃除が進んでいる。収納性能の限界に挑戦せんばかりの自室全面に渡る大改造、ちょっと楽しくなってきたのはいいが、唯一空きスペースとして存在するベッド上をバッファゾーンとして明け渡した結果、俺が寝る場所がこの家のどこにもなくなってしまった。現在21時45分、果たして俺が床に着けるのは、いつのことやら。
現実でプレイするMtGも続けつつ、ネットを介してプレイするMtGにも手を出した……というよりは、回帰したというべきか。Magic Workstationを用いた野良プレイが、もっぱら最近のメインに。
精力的にやっていたものの、いつしかプレイ環境、ネット上のコミュニティ自体に勢いが無くなって自然消滅のような形でどこかへ消えてしまったのが5~6年前だったか。最近ふと探してみたところ、そのコミュニティが細々と存続しているのを見つけた。見つけてしまった。
現実にカードを触って、友人と差し向かいでプレイするMtGはとても好きだ。好きだけれども、相手がいなければ、カードゲームは成立しない。それはコミュニティが先細っていった過日のネット対戦の場の姿であり、今やショップすら完膚なきまでに荒廃しきった我が地元の姿でもある。東京に住んでいる友人が、精力的に仲間内の対戦を行い、店舗イベントに足を運ぶ一方で、それに負けず劣らないモチベーションを燻らせるしかない状況が一変、環境を追いかけ新しくデッキを組み潤沢な対戦相手(というほど多いわけではないけど、完全なゼロよりはよほどいい)と意見を交わすことのなんて幸せなことか。
そんなわけで、最近は時間があるとこれしかやっていない。というか時間がなくてもやってる。ちょっとやばい。
知られざる一面、というのがある。
人間誰しも、裏表で「顔」を使い分けている。家族に見せる顔、友人に見せる顔、一人でいる時の顔、Web上の一人格としての顔。お互いはそれらすべてと切り離されていたり、あるいはどれかと紐付けされて形成されている。同じ顔を使う中でもTPOで態度だって口調だって変わるし、中にはひた隠しにしている顔だってある。それが良い悪いの話ではない。それは社会で生きる上の最適解で、それができない方が問題あると言ってもよい。
では果たして知られざる一面を大盤振る舞いで御開帳しているのはいったいどういうことなのやら。
前置きがえらく長くなった。
最近友人の様子がおかしくて、多少心配になっている。もはや別人といっても過言ではないその様子は、当然おかしくなったわけでも別人なわけでもなく、俺達の前ではこれまで見せなかった顔というだけなのだろう。しかしこれまで見せなかったというのはそれに見合うだけの理由があるはずで、その理由が取り除かれた理由が何なのか、友人を鏡に自らに問いかける数日が続いている。これまで鬱積していた何かが爆発してしまったのか、その何かとは何なのか、どうしてそれまで気付くことができなかったのか、気付こうとすらしなかったのか。──はたまた、そもそも原因は本当にこちらサイドに存在するのか。
他人の心中なんてものは想像と信頼という言葉を借りた決め付けでしか計ることができないし、言葉にされたところでそれがどこまで本当か確かめる術もない。それでもなお、これまでどこかこちらから見えるところで、何かしらの思考や感情をアウトプットしていてくれれば、こうはならなかったんじゃないかなという身勝手な思いもある。人となりを掴むヒントは少ないよりは多い方が良い。──ああ、だから俺はWebでつらつらとまとまりのない散文を書くことを10年続けられたのかもしれない。これもいわゆる一つの自己顕示欲だ。俺はこんな人間ですよ、だからこういう風に扱ってくださいね、という、俺謹製の、俺の扱い方の説明書としての思考の表出。何を考えているのか皆に見えているところに投げ込んで、さらに記録に残すなんて気持ち悪い、と、とある人には言われてしまったが。
最近のその友人の様子は、まあ、端的に言ってしまうと、とてもめんどくせえ奴なのだけれど。「めんどくせー奴だなあしばらくほっとこう」で済ませずに、できることなら向き合っていければいいなと思っている。これまでどっかで失敗してきたのではないかと内心思っているので、これ以上失敗を重ねるかもしれないのは、怖いけれど、ね。